連載アホ小説
ガードマン味玉のFunnyな1日♬
バックナンバー
第1話 『漢の闘い』
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第2話 『闘いの後には』
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第3話 『みっちゃんとマキさん』
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第4話 『焦げとヤマトと満月と』
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第5話 あゝ愛しの権田原
「なんもねえ…」
ある程度覚悟はしていたが、ここまでとは…。
駅のロータリー…というより「ちょっとした広場」といったほうがいいだろう。広場の中央にニョキッと伸びる錆びた柱時計の針は、午後9時を廻ったばかり。
ぽつり、ぽつり建つ、うらぶれた商店や小料理屋は、みなシャッターを下ろしていた。
昼間であれば そのシャッターが開くのか甚だ怪しい佇まいでもあるため、それが時間の所為なのか今ひとつ判断しかねる。
「しまったな…メシくらい食ってくりゃ良かった。コンビニも見当たらねえし…しかし、タバコを買い込んできたのだけは、正解だったぜ。さて、どうするか…」
味岡玉夫(通称味玉)は、ガードマンである。
管制(顧客の依頼に合わせガードマンを現場に配置する部署)の長谷部に請われ、国家資格である『交通誘導警備業務2級』の資格取得のためこの片田舎にやってきた。
1泊2日の合宿を行い講義と実技実習、最後には検定考査がある。
朝が早いため、余程近くに住んでいなければ、前日からの宿泊が必要だ。
ガードマンが取得できる主な国家資格は全部で6種類、交通誘導警備業務の他に
- 施設警備業務
- 雑踏警備業務
- 貴重品運搬警備業務
- 空港保安警備業務
- 核燃料物質等危険物運搬警備業務
があり、それぞれ1級と2級がある。
味岡は、個人的には「核燃料物質等危険物運搬警備業務」という資格に強い興味を覚えた。
「なんだ?その資格…核燃料運んでて、万が一放射能漏れとかあっても、ガードマン如きがいくらアタフタしてもクソの役にも立たないじゃんね!それに、もしテロリストとかが核燃料奪いにきても、予備講習で訓練した『徒手』と『警戒棒』で対抗すんだべ?『殺してください!』って言ってるようなもんだ!」
しかし、味岡は、そのあまりにも無意味でバカバカしい存在意義に惹かれた。
長谷部に「交通誘導2級合格したら次は核燃料受けさせてくださいよ」って半分本気で言ったのだが電話をガチャ切りされてしまった。
とても残念だ。
何処かに開いてる居酒屋かコンビニがないかとウロウロしたがすぐに無駄だと分かった。駅から十数メートルも離れると、明かりの消えた住宅と畑と田んぼと山しかない。
晩メシは、諦めて合宿所へ向かうことにした。
街灯ひとつない山道と、事前に配布された地図のテキトーさに辟易しながら、月明かりと携帯のライトを頼りに、ようやく合宿所辿り着いた時には既に午後10時になっていた。
警備業協会が運営する4階建ての古い合宿所だ。
自動ドアを抜けると、ボンヤリと明かりのついたロビー右奥に位置する、無人のフロントカウンターに向け声をかける。
「すんませーん、明日からの合宿に参加する味岡ですけどー……すんませーん!」
何度目かの呼びかけに、ようやくカウンターの奥のカーテンから、不機嫌極まりないオヤジが、欠伸を嚙み殺しながらヌッと姿を現した。
「…君ねぇ、いま何時だと思ってんの?検定ナメてんのか?ほかの受験生はとっくにチェックインして今頃必死に勉強してるよ。それに人の迷惑を考えろってんだよ、まったく。コッチは、君待ちで仮眠に入れなかったんだよ。どうしてくれんのよ、寝不足で会計間違えたりしたら。責任取ってくれんの?」
「はぁ…すみませんでした。もらった案内に『チェックインは、なるべく早めに』としか書いてなかったもんで…それに、あんた、さっきまで寝てましたよね?」
フロント係は目を剥いて味岡を睨み、そして薄く笑いながら言った。
「ほう…なかなかナメた口聞く小僧だな。しかし、いつまでその軽口が続くかな?…まぁいいだろう。細かい説明はしないから、とっとと部屋に行け。分からないことがあってもフロントに電話するなよ。相部屋のやつに聞け。ほら」
投げるようにして差し出されたルームキーを受け取り、階段で2階に上がる。
薄暗く、それが汚れなのか模様なのか判断のつかない絨毯を足元とともに確かめながら、キーが指し示す、廊下の一番奥の角部屋に辿り着いた。
「しつれいしま〜〜す♬」
ドアを開けると、6畳ほどの和室の両壁際にそれぞれ小ぶりの2段ベッド、上段のベッドと天井の隙間はほとんどない。
部屋の真ん中に100cm角程の正方形のテーブル、壁に掛かったハンガーが4つ、浴衣、ゴミ箱…以上である。
他には何もない。
冷蔵庫も、テレビも、トイレも風呂も、タオルも、歯ブラシも、お茶セットも…なーんもない。
呆然と立ち尽くしていると…
「あれ?味岡さんじゃないですか。同室だったんですね、嬉しいなぁ」
「おお!大豆生田くんじゃないか!そうかぁ、おんなじかぁ。良かった良かった」
大豆生田(おおまめうだ)くんは、予備講習で負傷者搬送と徒手の組手でパートナーを組み、仲良くなった大手警備会社のガードマンだ。
まだ20代なのだが、幼い頃父親を亡くし、とても苦労したらしい。将来は、調理師免許を取り、夢である焼き鳥屋を開いてお袋さんに楽をさせたいと、ガードマンの仕事をしてお金を貯めているという、しっかり者のイイ奴だ。
「味岡さん、紹介します。こちら同室の田中さんと権田原さんです」
「どうも、味岡です。よろしくお願いします」
田中さんと言われた男は、薄暗い2段ベッドの下段に胡座をかいたまま、ペコリと頭を下げ、フイッとそっぽを向き再び教本に目を落とした。
ヒョロっとした短躯にアンバランスな頭部のデカさ、子泣きジジイみたいな顔をした年齢不詳の男だ。
権田原さんは、還暦前後くらいだろう。ふっくらした体型に、えべっさんのようなニコニコ顔を乗っけた人懐っこいオッさんだ。
権田原さんは、その顔をさらにニッコリ綻ばせて手を差し伸べた。
「味岡くん、昨日池袋で警察官殴ってなかった?よろしくね」
「え?…いえ、殴ってませんが…池袋にも行ってないし…よろしくお願いします」
とまいどいながら、差し出された手を握り返す。
スゴイ力だ。
「あはは!ビックリしたでしょ?味岡さん。権田原さんはですね、喋りはじめに必ず接頭語…というか何かしらワンフレーズくっつけてからでないと話ができないんですって。面白いでしょ」
大豆生田くんが愉快そうに説明してくれた。
「大豆生田くん、僕のちん◯ん触っていいよ。嫌だなぁ、僕は真面目にやってるのに(笑)」
「………」
こりゃ、なかなかのツワモノだな…。
よし!負けてらんねぇぞ!
「ワカメちゃんのパンツって、ありゃ見せパンですかね?権田原さん、取り敢えず乾杯でもしませんか?」
「マックなら分かるけど、ウィンドウズってどんなハンバーガー出すのかな。味岡くん、大賛成♡一緒にビール買いに行こう」
自販機のある場所に権田原さんの案内でやってきた。
長い廊下を進み、階段で4階まで登らないといけないため、何度も買い足すのは少々面倒だ。
部屋から持ってきたバスタオルを風呂敷代わりにして、500mlの缶ビールとチューハイをこれでもかってくらい包み込み、サンタクロースみたいに背中に担いで部屋に戻った。
3人で角テーブルを囲む。
子泣きジジ…いや、田中はひとり耳栓をして、まだ教本を見ながらブツブツ呟いている。
放っておこう。
「北海道の地名ってなんかエロくない?雄鎮内(おちんない)とかさ。それにしても味岡くん余裕だね。バッチリ勉強してきたの?」
「小学校の頃、裏山に隠したエロ本がなくなってた時より酷い絶望感ってありますか?いえ、軽く問題集さらったくらいですけど…権田原さんはどうなんです?」
「バイクで行くのがツーリングなら、車で行くのはフォーリングだよね?僕はもう完璧。問題集10回はやったよ。実技も散々練習したし」
「トムとジェリーってどっちが好きでした?ボク断然トム派です。へぇ!じゃ、安心ですね、今夜は飲みましょ!前祝いです」
味岡の必死の攻撃に権田原は余裕のカウンター
大豆生田はふたりの会話を聴きながらケラケラ笑っている
田中を除いた楽しい飲み会は、いつ終わるともなく続く
知らぬが仏
聞かぬが花
世間知らずの高枕
第6話『無差別級負傷者搬送』に続く
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