味玉のシングルファーザー生活♬

ひとり親の子育て/テキトー料理レシピ/アホ小説/ボクシング&格闘技/ダイエット(減量)/指定難病と過去のうつ病…ほか・・ごゆるりと♬

『HAPPY LIFE』 1-1

長編小説

HAPPY LIFE

第1章  闘いの鐘は鳴る

1-1

 

 

「しかし暇だな…」

 

 

1月の終わり、まだ午前10時を回ったばかりだというのにやけに暖かい。予報によれば午後には15℃近くまで気温が上がるそうだ。

 

 

「休憩しよう…いくら何でもこんなに暇じゃやってらんないや」

 

 

岡山は、芝生に腰を下ろし足を投げ出した。

 

 

茶色がかった芝生は、このところの晴天続きで、すっかり乾いていてフワフワと気持ちがいい。つっかえ棒のように腕を後ろに伸ばし身体を支える。

 

 

見上げた空には雲ひとつない。遥か頭上に小さく見える飛行機が水面を渡るアメンボのようだ。

 

 

目の前には防波堤があり、緩やかにうねる波がテトラポットにまとわりつく音が聴こえてくる。

 

 

遠く対岸に、お台場やレインボーブリッジの懐かしい風景が見えた。

 

 

「いっそのこと横になっちまうか…」

 

 

晴れた空と競うような青と目立つための派手な黄色、まるでTポイントカードのようなツートンカラーの防寒具を脱ぎ、しばし考えるがそれは思いとどまった。

 

 

「ま、そこまではやりすぎだわな…」

 

 

 

43歳になったばかりの岡山は、1ヶ月ほど前からガードマンのアルバイトを始めた。今日は、いつも派遣されているマンション建築の現場が休工だったため急遽この現場に派遣された。

 

 

東京ドーム10個分はあろうかという広大な敷地に建つ下水処理場の一角、古くなった汚水槽の改修工事である。鉄筋を釣り上げるためのクレーン車を設置するので汚水槽に続く道路は通行止めとなる。

 

 

岡山は、通行止めの入り口で、他の車両が侵入しないように警備に当たっていたのだ。

 

 

「しかし、何の意味があるのかね、この仕事…まるっきり税金の無駄遣いじゃないか」

 

 

何しろ下水道局の敷地内である。一般の車両や歩行者は一切通らない。この2時間で見かけたのは、50mほど先の横断歩道を、トロトロと自転車で横切った下水道局の職員と、岡山を一瞥してササっと走り去ったノラ猫と、何処からともなく悠々と舞い降りたカラスが2羽…それだけである。

 

 

タバコを吸いたいところだが、さすがに見つかると怒られるだろう。トイレに行ったフリをして一服しようかな…と、ボンヤリ考えていたところ。

 

 

「岡山くん…何してるの?」

 

 

背後を振り返ると現場監督が立っていた。

 

 

「あ…」

 

 

いつの間に?…まるで忍者だ…

 

 

「何って…えーと…そう!ほら、安全靴の紐がほどけちゃって結び直してたんすよ。ボク、こう見えてこだわる性格だから左右の紐の長さがピシッと揃わないと気持ち悪いんですよね…いや〜おかしいな…いつもは一発でピシッと決まるのに…でも大丈夫です。ちょっと気になっただけです。大勢に影響はありません。直ちに持ち場に戻ります!」

 

 

「ふぅん、そうなんだ…でも岡山くん、もう帰っていいよ」

 

 

あちゃー!

マズイな…怒らせちゃったか…

 

 

「いや、ホントに安全靴の紐が…ええっと、その…」

 

 

うぅむ…いや、ここは素直に謝った方がいいだろう。

 

 

「すみません!本当はサボって休憩してました!あまりにも誰も通らないので…あ、ネコとカラスが通りましたけど…でも、もうサボりませんので勘弁してください!」

 

 

「あ、そうなの? まぁ、ぶっちゃけ誰も通らないから別にいいんだけどね。でも、本当に帰っていいよ。もう終わったから」

 

 

「え?…」

 

 

「だから終わったの、クレーン作業。あとは水槽の中で鉄筋組んだりするだけだから通行止めは解除。サインするから着替えて伝票持ってきて。お疲れさんでした」

 

 

・・

 

これだからガードマンは辞められない。これで日給1万円超、時給換算すれば銀座のホステス並みである。いつものマンション建築現場も似たり寄ったりで午前中で8割方の仕事は終わってしまう。

 

 

工事車両を一般車道から工事現場へ誘導して、資材を降ろしたら車を出す。これだけの仕事だ。車両同士がバッティングしないよう搬入時間は決められているので、搬入出以外の時間はガードマンボックスの中で電気ストーブにあたりながらスマホでもいじっていればいいのだ。

 

 

搬入が終われば、他のガードマンや職人たちと茶飲み話し、昼寝をしているガードマンもいる。コンクリート打設など車両が途切れない日もあるが、忙しいのは月に2回程度で、それ以外は至って平和な毎日だ。

 

 

聞くところによると、休憩も取れないような過酷な現場もあるようだが、岡山が派遣されているマンション現場は完成まであと1年以上ある。しばらくは安泰だろう。

 

 

一般的には、いわゆる3Kのイメージが強いガードマンの実態はそんなものだ。もちろん、全国で約55万人いるガードマンのうち毎年20〜40人ほど業務中の災害で命を落とす者がいるのだから危険が無いわけではない。土埃や泥にまみれ制服も汚れるし、近隣住民から厳しいクレームを受けることもある。若い人が積極的に就きたい職業ではないだろう。

 

 

20〜30代のガードマンは少なく、いたとしても変わり者ばかりだ。バンドや役者で成功しようと夢を追いながらアルバイトをしている真っ当な若者もいるが、ほとんどはコミュニケーションが苦手だったり、社会に適応できない不器用な印象の子が目立つ。

 

 

逆に、圧倒的に大多数を占める年配者は、比較的まともな人たちだ。会社勤めを終え、年金受給までの繋ぎで働いている人などは、真面目に仕事をするし常識人でもある。もちろん中には、ギャンブルやキャバクラにハマり、貰った日給をその日のうちに溶かしてしまうようなロクデナシも沢山いるのだが…。

 

 

しかし、そんな人たちも引っくるめ、岡山は先輩ガードマンの話を聞くのが大好きだ。特に60〜70代のガードマンは訳アリの人が多い。ちょうど脂が乗り切った働き盛りのど真ん中でバブル崩壊の煽りを受け事業を潰した経営者など、波乱万丈の人生経験者がゴロゴロしている。

 

 

辛い過去を持つ人ほど、自分の話をしたがらないが、うまく付き合っているとそのうちポツリポツリと話し始める。オーバーリアクションで大きくうなづきながら聞いていると、いつしか話はとめどなく溢れてくる。本当は皆、自分の歴史を誰かに聞いて欲しいのだろう。

 

 

・・

 

 

「はぁ…いいんですか?ありがとうございます。」

 

 

監督に頭を下げつつ『明日、いつもの現場に戻ったら「めちゃラッキーでしたよ!」って先輩ガードマンの中山師匠に自慢してやろう』とニヤニヤしながら現場を後にする。

 

 

灰色で無機質に見えた広大な下水処理場は、よく見れば緑豊かな優しさで岡山を見送ってくれた。

 

 

 

「さて、どうしようかな…」

 

 

保育園のお迎えまで、まだ6時間近くある。「パチンコでも行くか!」と思ったが「いや、せっかくの天気だ。保育園早お迎えして土筆ちゃんと新兵器の電動自転車で遊びに行こう」と考え直した。

 

 

 

長女の土筆(つくし)は、先々月5歳になった。このところ友達も増え、保育園でも率先してオモチャを片付けたり「お散歩の時間だよ!」と他の園児を仕切ってみたりと成長著しい。

 

 

家でも夕ご飯の支度を手伝ったり、食べ終わった食器を運んでくれたりと重宝している。以前は、保育園でもひとり遊びが多く、ワガママを言って保育士を困らせたりしていたという。

 

 

やはり、良くも悪くも、子どもは親の背中を見て育つんだな、と実感したものだ。

 

 

 

園に着き、保育室に入ると友達とごっこ遊びをしていた土筆が手にしていたオモチャのフライパンを放り投げて駆け寄ってきた。

 

 

「あ!パパだ!イェ〜イ!早お迎え〜♬」

 

 

「やぁ、土筆ちゃん。今日は何して遊んでたの?」

 

 

「ん〜とね、お外で影踏みとね、鬼ごっこ。あ、あと象さん公園にも行ったよ!」

 

 

「へぇー良かったね。土筆ちゃん象さん好きだもんね。天気も良くて暖かかったから気持ちよかったでしょ」

 

 

すると、ちょうど子どもたちとジェンカを終えた保育士の1人が岡山に気づき話しかけてきた。

 

 

「あ、土筆ちゃんパパ、お早いですね。良かったね〜土筆ちゃん。早お迎えだよ」

 

 

 

・・

 

 

担任の雅(みやび)先生だ。三十路手前くらいだろうか。170cmに届かないくらいのスラッとした細身、ボーイッシュなショートボブはカラーリングしていない。なかなか…いや、かなりタイプである。

 

 

子供たちと触れ合うからだろう。化粧っ気はなくアクセサリは身につけていない。服装も地味な色のトレーナーにジーンズだが、それが返って地のままの女性を感じさせる。

 

 

子供が本当に好きなのだろう。いつもキャッキャ言いながら子供たちと走り回っている。指輪をしていないのは仕事中だからなのだろうか、それとも独身なのか…そんなことが気になって仕方がない。

 

 

とにかく、ひと言で言えば「しゅっ」としたイイ女だ。これに尽きる。

 

 

・・

 

 

「ええ。仕事が早く片付いたもんで、動物公園でも行こうかと思って」

 

 

「いいですねー!私もたまには早く帰りたいなぁ」

 

 

心からそう思っているのだろう。羨望の眼差しだ。いくら好きと言えども子供の相手は相当疲れる。それも1人や2人ではない。1度に10数人の相手をするのだから尚更だろう。

 

 

「そうですよ。人間働きすぎは禁物です。家族が1番健康が2番、仕事は…3番目か4番目がちょうどいいんです」

 

 

岡山はもちろん趣味が3番で仕事は4番だが、仕事と趣味のどちらを3番するかは人によっては難しい問題だ。

 

 

「でも、なかなかね…ホラ、大事なお子さんを預かっているわけだから」

 

 

「確かにそうですね、大変なお仕事です」

 

 

すると、歯ブラシとコップをリュックに詰め、帰り支度を済ませた土筆が腰に手を当てて言った。

 

 

「ちょっとパパ!いつまでお話ししているの?サッサとしなさい!」

 

 

 

あはは…妻の康子の真似だ。

 

 

子供のボキャブラリや行動様式は、恐ろしいほど親の影響を受ける。そのことに気づいてから土筆の前での自分の言動には極力注意を払うようになった。

 

 

しかし、岡山は、それ以上にこだわっていることがある。岡山が目指す土筆との関係は『マブダチ』だ。そのため決して土筆を子供扱いせず、対等な関係でいようと心がけている。

 

 

 

見てろよ、世のオヤジどもめ。

思春期の娘にシカトされるでもなく、俺の後の風呂には入りたくないと言われるでもなく、ずっと仲良しでいてみせる。

それに、とびきりイイ女にするんだ。

俺の知っていることは全て教えてあげよう。

知識は人を強くする。

ペンは剣より強しだ。

 

 

 

「それじゃ雅先生、ありがとうございました。明日もよろしくお願いします」

 

 

「はい、さようなら。お気をつけて」

 

 

 

買ったばかりの電動自転車の後部座席に慎重に乗り込んだ土筆は、お気に入りのピンクのヘルメットをかぶる。

 

 

「土筆ちゃん、これからパパと動物公園に行かない?そしたらホラ、またウサギさんに人参あげちゃうよ!」

 

 

「わーい!行く行くぅ〜!土筆ちゃん羊さんにもエサあげる〜」

 

 

「よし!じゃぁヘルメットOK、シートベルトもして…はい、いつもの掛け声お願いします!」

 

 

「しゅっぱ〜〜つ、しんこ〜〜う!」

 

 

 

荒川を超えていく橋は、登り坂がやや大変だ。しかし、そこは最新式の電動自転車。土筆の応援で登り切る。

 

 

「がんば〜れ!がんば〜れ!」

 

 

橋の上から眺める荒川は、やがて海へと合流するからか川幅は広く、ゆったりと左右にうねって進行している。川岸は中途半端に整備されたサイクリングロード。ポツリポツリと人の姿が見える。

 

 

持参の組み立て椅子に腰掛け、ボンヤリと川面を眺める老人、時折シャドーボクシングを交えながらロードワークするボクサー、停泊中の小型船舶の群れの中、ボートに乗り込む若者たち。

 

 

橋の真ん中で小休止。遠く鉄橋を黄色い電車が走る。遮るものがないからか、やや風が強い。川に沿って続く黄金色のススキの帯が、まるで生き物のように揺れている。水面に起こるさざ波の数だけ太陽が分割されキラキラと点滅している。

 

 

 

土筆…

この風景、ずっと覚えてくれているといいな

 

 

 

 

土筆のお気に入り「小さな恋の歌」スローバージョンをiPhoneで流しながら、再び自転車のペダルを踏んだ。

 

 

ほら

貴方にとって

大事な人ほど

すぐ側にいるよ

 

ただ

貴方にだけ

届いて欲しい

響け恋の歌

ほら…

 

 

 

 

 

1-2へ続く

 

 

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