前回までのあらすじ
なんとか無事に就職が決まり、いよいよ味玉の家を出て白澤建設の寮に引っ越しすることになったアマチュア史上最強のボクサー三浦国宏。
10日間+延長1日の波乱の合宿生活もいよいよ終わる。
ホッとしたような、なんだか寂しいような…複雑な気持ちで最終日を迎えた味玉。
最後に三浦がくれたモノとは…
『三浦国宏・規格外の就活シリーズ』最終話をお贈りします。
三浦国宏 規格外の就活
最終話 勇気
3月2日土曜日 最終日の朝
引っ越し当日の朝食は蕎麦にした。
味玉は仕事。
三浦は、新しい携帯を買いに行き、大島のジム時代にお世話になった『とし子ママ』のところに預けてある荷物を取りに行くという。
仕事が終わったら、味玉の家に集合、寮のある船堀駅前で白澤社長と落ち合う予定だ。
蕎麦を啜りながら三浦が尋ねる。
「味玉くん、ところで、携帯って幾らくらいするんですかねぇ…」
「どうでしょ?紛失保険とか入ってれば割と安く買えると思いますけど、そんな用意周到なもん入ってるワケないですよね」
「覚えてません…というか、そんな保険の存在すら知りません…Y!mobileからSoftbankとかに乗り換えたら安く買えませんかね?」
「そういうのもあるでしょうね。でも、最近は総務省がなんやらかんやら規制し始めてるからどうなってるやら、解約違約金もあるし…あ、そうだ、どうせスマホなんか使いこなせないんだからガラケーにすればいいじゃないですか。そしたら本体代も月額使用料もスンゲー安くすみますよ」
「あーダメなんですよ、どうしてもスマホじゃないと」
「なんでですか?…あ、分かった!スマホで熟女動画見るためでしょ!…ホントどうしようもないバカだな」
「いえいえ、違います。テリトスです」
「は?何ですって?」
「テリトスですよ!ほら、上からブロックが降ってきて、クルクル回転させて隙間を埋めていくやつ。アレやんないとダメなんで…」
「…会長、それテリトスじゃなくて…ま、どっちでもいいや。でも、テリトス…じゃなくてテトリスのためだけに高いスマホってのもなぁ…あ!いいこと考えた。電話はガラケーにして、テトリスのゲーム端末を別に買えばいいじゃないですか。そっちの方が安く済みそう」
「へぇ!テリトスのゲーム機売ってますか?」
「さぁ…知らんけど…でも、秋葉原とか行けば、あるんじゃないですかね」
「じゃ、今日は、まず自転車で秋葉原行って、それからとし子ママ、そんで17時に味玉くんの家に帰って来ますよ。いや、忙しくなるなぁ…」
(電車代はケチるくせにテトリスのためなら金を使うのか…( ̄▽ ̄;)💧)
くだらない会話をしていると、あっという間に出勤時間になったため、三浦と共に家を出る。今日Kは元嫁の家に行くから、これが三浦との最後のお別れとなる。
味玉は、まだ寝ているKを起こして言った。
「Kくん、三浦会長とサヨナラだよ。ご挨拶しなさい」
「…はぁい…三浦会長さようなら、頑張ってね」
「Kちゃん、ありがとう!頑張るからねぇ〜」
三浦と別れ、現場に向かう自転車をこぎながら味玉は思った。
なんだかKのやつ寂しそうだったな…
それとも寝ぼけてたのかな…
いや、やっぱり寂しかったんだ
ひとり親の寂しさを感じさせないよう、出来るだけ楽しく過ごそうとアホなことばかりしている。
それでも、いつも2人きり…
最近は言わなくなったけど弟か妹が欲しいって言ってた時期もあった。
会長にもたくさん遊んでもらって、楽しそうだったもんなぁ…
味玉は、Kと2人きりの生活に戻る来週から、今まで以上にアホなくらい楽しく過ごそうと心に誓った。
その日の昼休み
久しぶりに1人分しか作らなかった味玉弁当を食べていると、見知らぬ番号から電話がかかってきた。
電話の主は新しい携帯を買って上機嫌の三浦だ。
「押忍押〜忍!今スマホゲットしました〜♬お店のおねぇさんに頼んで、テリトスもできるようにしてもらいました〜♬」
「へぇ、良かったですね、ゲーム機より安く買え…」
「今日は500円だけ払えばいいんだって〜解約違約金は1万5千円くらいで来月払えばいいから全然オッケー!オッケー牧場で〜す!これからとし子ママのところに向かいまーす」ブチっ…ツー…ツー…
一方的に話して電話を切りやがった。
ま、いいか。
これで三浦の動向が把握できる。
把握したところでコントロールできないから、あまり意味はないのだけれど…
その日の仕事終わり
17時より少し早めに自宅に戻った味玉は、荷物を整理して三浦の帰りを待つことにした。
荷物をまとめて、玄関に並べ終わると時計の針は17時半になろうとしている。
どうせ時間通りに戻ってくるとは思っていなかったから、白澤社長には船堀に到着する時間が分かったら電話することにしていた。
綺麗に片付きガランとした和室を眺め、10日間+延長1日の就活合宿を振り返る。
本当に大変だった…
でも、その苦労も今日で終わり。
迷惑ばかりかけられたけど、三浦は三浦で気を遣っていた。
三浦を家に泊めると決めた時、本当はすごく不安だった。終末期のミウラスタジオの荒廃ぶりは、目を覆いたくなるような状態だったからだ。
リングや練習スペースは、皆で掃除をしたからなんとか見られる状態だったが、3畳ほどの三浦の部屋は酷かった。
万年床の周りには、いつ使ったか分からない食器や、発酵して正体不明になった食材が底にこびり付いた鍋などが、そこかしこにウズ高く積まれていた。
掃除しようにも、何かを動かすと雪崩の如く全てが崩れてきそうで、対処不能の末期癌のような部屋だったのだ。
しかし、いざ蓋を開けてみると、三浦の生活態度は至って真面目だった。
お弁当箱は、毎日現場で洗って持って帰ってきたし、玄関の靴も自分の分だけでなく全て揃えていた。
風呂桶もちゃんと裏返してイスに立てかけていたし、布団の上げ下げもした。
洗い物は、三浦がやると洗剤が足りなくて油汚れが残り、ヌルヌルするからやめさせたが、それでも積極的に手伝おうとした。
豪快を装っているけど、本当は繊細で気の弱い男なのだ。
248戦のキャリアのうち負けた28敗は、ほとんどが外国人相手の国際試合、三浦が負けた日本人は高校時代から含め、4人しかいないと聞いている。
味玉は、オリンピックなど大舞台に弱いと言われた三浦にその理由を聞いたことがある。すると三浦はこう言った。『だって味玉くん、外国人て強そうで怖いじゃないですか』味玉は内心(あの頃のあんたの方がよっぽど強そうで怖いよ(笑))と思ったものだ。
永遠のチャンピオン大場政夫さんとチャチャイさんの試合を見てボクシングを志すも、勇気がなくて岩泉高校のボクシング部にはマネジャーとして入部した。
ある日、意地悪な先輩に『鍛えてやるからリングに上がれ』と命令されリングに立つ三浦。ボコボコに殴られ鼻血を流しながらも、一歩も引かず前に出続ける三浦を、偶然見かけた監督が選手に誘わなければ、彼はボクサーになっていなかっただろう。
後に世界チャンピオンになった平仲明信(本名信明)さんがアマチュアとして最後に三浦と対戦する試合、酔っ払って計量に現れ、リベンジに燃える平仲さんを激怒させたのは、決して相手をナメていたからではない。
酔いを覚ますために寝ていたラブホテルで目覚めた時、平仲さんに無残なKO負けを喫する夢をみた三浦は全身にベットリと脂汗をかいていた。酒は平仲さんへの恐怖を紛らわすためだったのだ。
他にも…
電話が鳴り味玉の回想は遮られた。
スマホの画面には三浦の名前が表示されている。
時間は18時少し前だ。
「味玉くん、おまたせ〜、あと10分か15分で着くよ〜」
「あーはいはい。じゃ、あと30分くらいですね。待ってまーす」
三浦時間にはもう完璧に対応した。
電話を切り、腹が減ったので漬けた味玉を2つほど皿に取り1杯だけやることにした。
案の定、三浦はきっちり30分後に帰ってきた。
「遅かったじゃないですか会長。じゃ荷物下に運んでください。僕もタクシー呼んだらすぐ下に降りますから」
タクシーを手配し、マンションのエントランスを出てギョッとした。
「なんすかこれ!」
「いや〜思ったより荷物がいっぱいあってさぁ〜意外と手こずりましたよ」
「嘘でしょ?!これで自転車乗ってきたんですか?」
「ダイエーでパートのオバちゃんがヒモくれなかったらヤバかったですね。でもヒモで荷台にダンボール箱縛りつけてからは楽勝でしたよ〜」
す、すごい…
( ̄▽ ̄;)💧
やっぱ規格外の男だ…
どうやったらこの荷物を自転車で運んで来れるんだろう…
「と、取り敢えず会長は自転車で船堀に向かってください。僕はタクシーが来たら荷物積んで追っかけますから」
三浦が船堀に向かって程なく、タクシーが到着した。荷物を積み込んで運転手に行き先を告げたところで白澤社長に電話する。
「もしもし、お待たせしました味玉です。今からタクシーで船堀に向かいます。僕は、15分くらいで到着しますが、三浦は…多分小一時間はかかるでしょうから、のんびり来てください」
三浦は10分ほど先に船堀に向かった。自転車でも真っ直ぐ行けば30分ほどで船堀まで到着するが、大事を取ってそう伝える。
船堀街道を南に下り、高架のガードをくぐった先のセブンイレブンの前で大量の荷物とともに味玉が待っていると、白澤社長から船堀に到着した旨の連絡があった。
指示された方向を見ると、白のワンボックスの運転席の窓から、白澤社長とおぼしき人物が手を振っている。
車をつけてもらい、荷物を積み込み三浦の到着を待つ間、社長と車の中で話をした。
「社長、今回は色々とすみませんでした。お手間ばかりかけてしまって…」
「いいんですよ。三浦さん8tの免許も持ってるし、体力も自信あるって言ってたから期待してます。ウチも、これからどんどん人を増やしていきたいんで助かります」
白澤社長は、思ったよりずっと若く、誠実そうな好青年だった。おそらくまだ30代半ばだろう。面接を行った南千住には自宅があり、母親とお子さんの3人暮らしをしているそうだ。元奥さんはネグレクトで数年前に離婚したという。
思わぬところでシングルファーザーに出会った味玉は、親近感が湧き、子育てと仕事の両立の難しさなどの話で盛り上がった。
会社経営となると、その大変さは自分の比ではないだろうと尋ねたが、同居する母親が助けてくれるから、なんてことはないと言う。
話に夢中になり、三浦のことなどすっかり忘れていたが、気づけば味玉の家を出てから、かれこれ1時間近く経つ。
さすがに、もう着いてもいい頃だ。
「社長、すみません、ちょっと探してきます。また道に迷ってるかもしれない」
味玉はそう言って車を降り、電話をかけながら船堀街道を北に上った。
「もしもし、会長?今どこにいます?」
「あーすみません。今ちょうど駅に着いたところですよ〜、味玉くん、どこにいますか?」
「随分遅かったですね、また道草食ってたんですか?僕も今駅ですよ…あー!見つけた!おーい!」
前方から自転車を押しながら歩く三浦の姿を捉えて電話を切る。
(全く…今度はどこで道草食ってたんだ…ん?)
(´・ん・`)?
「…会長なんすかコレ?」
「ん?…あーコレですね、途中の八百屋さんで、お客さんが剥がしたやつもらったの。どうせ捨てるから持ってっていいって。どう?味玉くんも食べる?」
「いらんわっ!んなことより、さっきからずっと白澤社長待ってるんですよ!早く行きましょ!」
三浦には自転車でついてくるよう言って、味玉は白澤社長の車に乗り込み、車で5分ほどの距離にある寮に到着。
部屋に荷物を運び込み、雇用契約書にサインして、食堂や浴場、ランドリーコーナーを案内してもらう。
大清水建設の所有物件だけに、綺麗で立派な施設だった。
何度も頭を下げ、自宅に向かう白澤社長の車を見送り、引っ越しは完了した。
「味玉くん色々ありがとう。お礼に1杯奢りますよ」
「いいですよそんなの。次の給料日まで、まだ1ヶ月以上ある、節約してください。でも飲みには付き合いますよ」
少し歩いた路地にぽつりと灯りのついた看板。
三浦の大好物の熟女ママが経営する『スナック青葉』という店を見つけ、カウンターに陣取った。
客は味玉と三浦の2人だけだった。
ママと3人で和気藹々、飲んで、話して、歌って、三浦の門出を祝った。
お開きの時間が迫る頃、味玉は最後の念押しをした。
「会長、何度も言いますが本当に頑張ってくださいよ。次になんかあっても、もう僕は手助けしませんからね。辛抱強くやってれば日当だって上がるだろうし認められれば職長にもなれる、これから大きくなる会社だから行く行くは会社の幹部にだってなれるかもしれない。頼みますよ!」
「分かってますよ、頑張ります。コツコツお金貯めて、またジムやりたいですからね」
「え?!嘘でしょ?会長ジムやる気あるんですか?本当に?」
「好きなんですよね…ボクシングがやっぱり…またやりたいなぁ…ワンツー!ワンツー!ってね」
「会長…」
大島のジムも、オープンから数年は多くの練習生で賑わい、会長も熱心に指導していて活気があったと聞く。
おかしくなったのは、気の優しい三浦が、お金がない会員の会費を大目に見てあげたり、それを見てつけ込みワザと会費を支払わない会員達に強く言えなかったことも原因の1つだろう。
資金的に余裕のないジムで、他にトレーナーを雇う余裕はない。会長1人では練習生全員の指導には目が行き届かないだろう。それに不満を持った練習生が1人、また1人とジムを去り、さらに経営は苦しくなる。
もちろん、三浦本人の責任が一番大きいのは言うまでもない。
酔ってジムを放ったらかしたり、数年後の取り壊しを決定しているビルのオーナーから多額の立ち退き料を約束されていたことにも甘えていたのだろう。
結局、取り壊しの前に岩手に戻ってジムを開いたため立ち退き料は手にしていない。
地元のジム開業のため三浦を担いだ地元後援会は雲散霧消した。
詐欺紛いのブローカーに、相場の倍近い仲介手数料と内装工事費をふんだくられ、文句を言うため訪ねた住所が田んぼのド真ん中だったというのも、三浦につけ入る隙があったからだ。(※これは本人談なので真偽のほどは不明)
心底驚いた。
晩年のミウラスタジオの荒廃ぶりや、そんな経緯を知っている味玉は、まさか三浦がそれに懲りず、再びジムを開く夢を持ち続けているとは露ほども思っていなかったからだ。
グラスに残っていた焼酎を飲み干し、ママに会計を頼んで立ち上がった味玉は三浦に言った。
「分かりました。会長がジムやっても、どうせまた失敗するでしょうから、そん時は僕がマネジャーやってあげますよ。こう見えても昔は営業部長です。会員募集も未払い債権の回収もお手の物です。それまで頑張ってくださいね!」
照れ臭そうな笑顔を見せる三浦とガッチリ握手して店を出た。
薄暗く、人ひとり通らない寂しい路地
寮に向かう三浦の背中をしばらく眺めていた
三浦は振り返らない
味玉は
どんな境遇でも明るく振る舞う彼を
誰の悪口も、恨み節ひとつ口にしない彼を
そして、大好きなボクシングへの情熱を持ち続ける彼を
想った
かつて、うつ病上がりだった僕に元気をくれた時と同じ…
いや、それ以上の『生きる勇気』が
腹の底から湧き上がってくる
踵を返し帰途につく
タクシーはつかまりそうにない
走って帰るか!
終わり
三浦国宏 規格外の就活 バックナンバー
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。三浦は現在も、白澤建設(仮称)で元気に頑張っています。彼の頑張りを応援してあげてください。
♪(´ε` )