魂のオレっ!
「もしもしオレだけど?」
「へぁ?…どちらさんですか?」
「やだなぁ母さん、オレだよ、オレオレ」
「ありゃ?もしかしてヨウスケかい?久しぶりじゃないの…どうしたの?」
「そ、そうだよ!ヨウスケだよ!いや、実はさ…交通事故を起こしちゃって、今すぐ示談金を払わないと大変なことになるんだよ」
上手く息子になりすませた!と意気込んだのだが…
「はい!残念でした。ウチにはヨウスケなんて子はいませ〜ん。警察に通報しま〜す」
ガチャっ!ツー…ツー…
破天夫(はてお)は、慌てて電話を切り、この日何度目になるか分からないため息をついた。
ハァ…
今日もダメだった…
時計の針は午後2時を回った。
銀行窓口の営業時間との兼ね合いで、今日の業務は終了となる。
くそっ…流行らねぇんだよ
今どき、こんなThe・オレオレ詐欺…誰も引っかからねぇっつーの!
ブツブツ言いながら商売道具の電話帳をキャビネットに片付けているとオヤジが帰ってきた。
「おう、破天夫…どうだったよ、今日の売り上げはよ」
「あのさ、オヤジ…もういい加減やめようぜ、こんな古臭い手口…もっと、こう…『オリンピックのチケットが当たりましたよ!』とか『年金2千万問題をご存知ですか?』とか、そーゆー斬新な切り口でいかねぇと通用しねぇよ」
「破天夫…鍵は?」
「あ…ヤベ…」
破天夫は慌ててキャビネットの鍵をかけた。
「全く…何度言ったら分かるんだ。その電話帳には大切な…」
「分かってるっつーの!個人情報保護法だろ?天ぷらライスだろ?」
「それは俗に言う天丼だ。そうじゃない、コンプライアンスだ」
「そんなこたぁどうだっていいんだよ…オヤジ、いい加減この『オレオレ』っつーのは…」
「馬鹿を言うな…オレは、かれこれ20年コレひと筋でやってきてんだ。これ以外の邪道なオレオレ詐欺は認められん」
「でもオヤジ、そもそも『オレオレ詐欺』って言い方自体、とっくの昔になくなったんだよ…オレら時代に取り残されてんだよ」
「破天夫…安易に流行りに乗っちゃいけねぇ、あの時『母さん助けて詐欺』だとかに手を染めてたら今頃どうなってたと思う?父さんが電話に出たら困るじゃねぇか」
「いや、まぁ…そりゃそうだけどよ…」
「それに、忘れたのか?…そもそも、なんでオレがオレオレ詐欺なんかをやる羽目になったのか」
「ちっ…耳タコだっつーのその話は…」
折野 佐木助(おれの さぎすけ)は、江戸時代から続くところてんの老舗『折野ところてん店』の7代目当主だった。
『てんてん』の愛称で親しまれたその店は、大繁盛…とは言えないが、手間ヒマを惜しまない伝統の製法が評判で、常連客を中心に堅調な営業を続けていた。
しかし、山っ気が強かった折野は満足できなかった。先代から店を任されると、怪しげなブローカーの口車に乗せられ『オレのところてん』というブランドで甘味処を開いた。
無計画な出店だったが、立席形式で集客数と回転率を上げたスタイルが話題を呼び、大盛況となる。
味をしめた折野は『オレのティラミス』『オレのナタデココ』『オレのワッフル』など同業態の専門店を次々と展開、一躍時代の寵児となった。
有頂天だった折野を悪夢が襲ったのは、1990年のバブル崩壊、嘘のように客足が途絶え、銀行の貸し剥がしに会い、たちまち経営は行き詰まった。
起死回生を図り、怪しげな消費者金融に手を出して出店した『オレのタピオカ』がトドメを刺した。
時代を先取りし過ぎたのだろうか『カエルの卵みたいでキモいんですけど〜!ちょべりば〜!』と渋谷の子ギャルが2chに投稿したことで風評被害が広がり『折野ところてん店』は150年の歴史に幕を下ろす。
『ちょべりば』が、その年の流行語大賞にノミネートされた時、折野は歯噛みした。
しかし同時に『伝統を守れ、安易に流行りモンに手を出しちゃならねぇ』と口酸っぱく繰り返した先代の言葉も噛み締めた。
しかし、時すでに遅し
一家は離散、多額の借金だけが残る。
闇金業者に拉致され、連れてこられた薄汚い雑居ビルで折野がやらされたのがオレオレ詐欺のかけ子だった。
オレ…オレのサギ…?
自暴自棄になっていた折野に罪悪感はなく、むしろ運命めいたものを感じた。
借金返済のため必死で働いた折野は稼ぎ頭になる。
やがて『オレオレのサギ助』の通り名で呼ばれ、業界で一目置かれる存在となった。
借金を完済し自由の身となった折野が、再出発のため選んだのがオレオレ詐欺だった。
破天夫が折野に拾われたのは、その頃。
以来20年近く折野と2人でやってきた。
オヤジと呼んでいるが、折野は実の親ではない。
実の父親は、破天夫が中学に上がる直前、酒で肝臓を患い死んだ。小学1年生の頃、父親のDVに耐えきれず母親が失踪したことが、父をさらに酒へと走らせる要因だったのだろう。
父の死後、身寄りのない破天夫は施設で暮らしたが、イジメや体罰に耐えかね、高校卒業を待たず逃げ出した。
街でゴロを巻き、野垂れ死にしかけていた破天夫を見かねて拾ってくれたのが折野だった。
破天夫は、折野と共にオレオレ詐欺で荒稼ぎした。
しかし、良かったのは最初のうちだけ。
警察やメディアの啓蒙が進み、単純な手口は通用しなくなったのだ。
合言葉を設定されたり、飼っていたペットの名前を言わされたりと対策を講じられた。
破天夫が、新たな手口を提案しても折野は『もう、2度と流行りモノには手を出さない』と頑として受け付けず今に至る。
折野が買ってきたすき家の牛丼を貪り食いながら破天夫が言う。
「けどオヤジ…今月は、まだ1件も成功してないんだぜ。食うのもやっと、何より電話料金だって払えてないんだ。どーすんだよ電話止められたらよ」
「テングサは寝て待て」
「は?なんだそりゃ」
「チャンスは必ず来る。テングサを干すようにじっくり待つんだ」
「ちっ!オヤジのウンチクにはウンザリだぜ、それになんだよ、1人限定30万までって、先月のバァさんは『へ?たった30万で足りるのかい?』って驚いてたぜ」
「『限定30食には福きたる』…先代の教えだ。大量生産では良いところてんは作れん、それに女子はもれなく『限定』という言葉に弱い」
「へっ!くだらねぇ!悪いけどオレはもう抜ける」
「まぁ、待て破天夫。『焦って天付きを押すな』だ。実はトンデモないモノを仕入れてきたんだ」
「なんだよ、トンデモないモノって…」
折野が取り出したのは、分厚いファイル。
「過去にオレオレ詐欺に引っかかった人のリストだ。明日からコレを使ってみろ」
「は?馬鹿じゃねぇの?1度騙されたら余計警戒するじゃねぇか」
「いや、最初はオレもそう思ったんだが、どうやらそうじゃないらしい…」
折野によると、1度騙されたということは騙されやすい人であり、預金も多く、2度3度と騙される可能性が高いという。
「なるほど、言えてるな…よし、やってみっか!」
翌日
破天夫は、張り切って電話をかけた。
が…
結果は同じだった。
どうやら悪いのはリストじゃなかったらしい。
時計の針は間もなく午後2時
あと1件だけかけたら今日は終わりにしようと重たい受話器を持ち上げる。
「もしもし、オレだけど…」
「え?!まさか…いいえ、今更そんなはずはないわ」
「いや、そのまさかなんだよ母さん、随分遅くなっちゃったけどオレだよ」
「ダメよ、もう騙されないわ…こんな私を破天夫が許してくれる訳ないもの…」
一瞬ナニを言っているか分からなかった。
破天夫の頭はグルグル混乱する。
「かっ、母さん…今なんつった?…」
続け…ていいものか思案中ww