前回までのあらすじ
振り出しに戻ったアマチュア史上最強のボクサー三浦国宏の就活。ようやく希望通り白澤建設という会社で土方の仕事(寮・賄い付き)を見つけ、面接することになった。
しかし面接の時間は18時。三浦の現場は、面接を受ける船堀まで電車で1時間以上かかる多摩市の聖蹟桜ヶ丘。いつものようにマゴマゴしていると遅刻してしまう。
仕事が終わったであろう頃、味玉が電話するも何度かけても三浦の携帯は着信音が鳴るばかりで応答はない。
果たして三浦は約束の時間に間に合い、無事に採用されるのか?
三浦のダメっぷりをどうぞご堪能ください!
三浦国宏 50男・規格外の就活
第6話 しっかりしろよ!
2月27日水曜日 合宿9日目の夜
面接に行ったはずの三浦が電話に出ない。
家に帰り、Kの宿題の丸つけと音読に付き合い、夕飯の用意をする間、味玉は10回以上電話をかけたが応答はなかった。
どうしたんだろう…
まさか現場で事故にでもあったのか?
それとも、急いで面接に行くため電話に出られなくて、そのまま面接が長引いているだけなのか?…
どうしようもないので先にKと食事を済ませ、風呂に入った。21時になったので、歯磨きをさせてKは寝かせた。
まだ電話は繋がらない。
さすがに心配になる。
いったい何をやっているんだ!
まさか、遅刻して不採用になって、そんでもって自暴自棄になって…
いやいやいや、そんなことくらいで、そんなことするなんて三浦に限っては絶対にあり得ない。
これまで、あの男に降りかかった厄災に比べたら面接に落ちることなんて、蚊に刺された…いや、そよ風が吹いたくらいの出来事だ。
おおかた採用が決まって、いい気になって一杯やってるんだろう…
無理やり自分にそう思い込ませたものの、心配で仕方がない。ジリジリしながら待っていると、ようやくインターフォンが鳴った。
時計を見ると22時半を回っている。
「何やってたんすか会長!心配したじゃないですか!」
Kが寝ているにも関わらず、玄関のドアが開くなり味玉は語気を荒げた。
「いやぁ〜参りましたよ…携帯無くしちゃってねぇ…自分が立ち寄ったところ全部探したんだけど見つからなかった」
「え!マジすか?!…で、面接は?」
「遅くなっちゃったから間に合わなかった。公衆電話から白澤社長に電話して明日にしてもらったから大丈夫ですよ。明日は南千住で面接ですって」
(何をやってるんだこの男は…)
味玉は、三浦のダメっぷりに心底腹が立った。
「何が大丈夫なんすか!せっかく面接組んでもらったのにメッチャ印象悪いじゃないですか!それに、明日もまた、道に迷ったり、財布落としたり、熟女のDVDに気を取られたりしてどうせ遅刻するじゃないですか!先方が仕事の都合で急遽予定が変わることだってあるんですよ!どうやって連絡取り合うつもりなんですか?!」
「ん〜どうしましょうかねぇ…」
「どうしましょうかねぇ、じゃないよ!このスットコドッコイが!こんな大事な時に…いい加減しっかりしてくださいよ!」
「すみませんねぇ…本当にダメですねぇ…こんな大事な時にねぇ…」
肩を落とし、しょんぼりする三浦の姿を見て味玉はハッと我にかえった。
(少し強く言いすぎたかな…こんな元気のない会長見るの初めてだ…)
興奮した自分を反省し、今度は穏やかに言った。
「明日、白澤社長には僕から電話しますよ。そんで何かあったら僕の携帯に電話してもらうようにお願いします。会長は…10時と3時の一服、それから昼休憩、仕事終わり、南千住に着いた時、公衆電話から僕に電話してください。必ずですよ、分かりましたか?」
「分かりました…よろしくお願いします」
「分かればよろしい…さぁ、今日はもう遅い。飯食って寝てください」
「いえ…ご飯はいいです。もう寝ていいですか?」
そう言うと、三浦はすごすごと和室に移動し布団を引くと崩れ落ちるように横になり、瞬く間に寝息を立て始めた。
疲れているんだな…
味玉は、大島のジムを畳んで以来、何をやっても上手くいかない三浦のここ数年を思い、何とも言えぬやりきれない感情が込み上げてきた。
気持ちが高ぶり眠れそうもない味玉は、ロックグラスに氷を入れウィスキをドボドボと注ぎ、考える。
悪い男じゃないんだけどな…
ただ不器用なだけで…
あと酔うと手に負えないし、すぐ騙されて詐欺被害に会うし、頻繁に道に迷うだけで…
ホントは優しい男なんだ…
ただ少し時間にはルーズだし、何度説明してもクローゼットとトイレを間違えるし、熟女好きの変態だけど…
なんだか考えているうちに段々バカバカしくなってきた。
ふと見ると、三浦は何度言っても理解しないようで、いつものように毛布を蹴散らしシーツを掛け布団にして寝ている。
思わずクスリとしてしまった。
気を張っている自分がアホらしくなってきた。
なんだよ
携帯なくしたくらいどうってことないじゃないか
ケ・セラ・セラだ…
俺も寝よう!
2月28日 木曜日 合宿10日目の朝
味玉は3ヶ月に1度の定期検診で、かかりつけの病院に行くため仕事は休みだ。
三浦も現場が近かったため、いつもより遅めの朝食を摂っていると目を擦りながらKが起きだしてきた。
「おはよう!Kくん」
「おはよう!Kちゃん」
味玉と三浦が同時に声をかける
「おはよ〜…なんか昨日は、うるさかったけど何だったの?」
「あーごめんごめん、眠れなかった?いやね、アホな誰かさんが携帯無くしちゃって大変だったんだよ。だから今日も大変なんだよ、アホな誰かさんのせいでね」
「そ、そんなことよりKちゃん!納豆の正しい食べ方って知ってる?」
焦った三浦は、誤魔化すようにKに話しかける。
「え?納豆に正しい食べ方なんてあるの?」
「もちろんあるよ〜、こうしてね右回りに100回かき回してから食べるんですよ…私は200回かき回すけどね。左回りじゃダメなんですよ、何で左じゃダメだか分かるかな?」
「分かんない」
「分かんない」
Kと一緒に味玉も聞き返す。
すると三浦はニヤッと笑って言った。
「私も分かんないです」
…( ̄▽ ̄;)💧
「ね、やっぱアホでしょ?Kくん。今日は大切な面接の日だってのに携帯もないんじゃね」
「ふぅん…僕の携帯貸してあげようか?どうせ学校に持って行っちゃいけないし」
「え?!いいの?!」
「ダメ!絶対ダメ!」
今度は三浦と味玉。
「こんなアホに携帯貸して、また無くしたらどうすんの?確かにGPS機能が付いてて便利っちゃ便利だけど…でも絶対ダメです!」
「え〜!いいじゃないですかぁ〜、GPSカッコイイのになぁ〜…道に迷うこともなさそうだし」
「そういうGPSとは違うわっ!いいからさっさと飯食ってトットと仕事行け!」
空き時間には逐一電話を入れるよう再度念を押して三浦を送り出す。Kにも朝食を摂らせ見送ると、味玉も病院へ向かった。
検診が終わり、10時の一服時間を見計らい白澤社長に電話をかける。
「もしもし、お忙しいところすみません。ワタクシ味玉と申しまして…」
事情を話すと白澤社長は快く了承してくれた。
「分かりました。何かあったら味玉さんに電話します。ウチも人が足りなくて困っているんで、三浦さんには是非きて欲しいんですよね、よろしくお願いします」
「こ、こちらこそよろしくお願いします!アホな奴ですけど悪い人間じゃないんです!体力もアホみたいにありますし!新宿の現場まで自転車で2時間かけて行くくらいのアホみたいな体力です!だから、死ぬほどコキ使ってやってください!必ず役に立ちます!アホですけど…」
「あはは…そんなアホアホ言わなくても分かりましたよ。まぁ面接と言っても形式的なもんで、もう寮の手配もしてあります。土曜日の夕方から入れるようにしてありますから」
「ほ、本当ですか?!ありがとうございます!」
聞けば、白澤社長はつい数年前に親父さんを亡くし、会社を引き継いだばかりだそうだ。継ぐまでは別の会社で働いていたと言う。
多い時は100人近い職人を抱えていた会社だったが、先代が亡くなったことで一時的に仕事がなくなり、多くの職人が退職して他に移った。
残った人間は、他に移れないような問題アリの人間ばかりだったため全員解雇し、イチから従業員を雇って再出発したそうだ。
現在、従業員は社長以下4名、三浦が5人目になる。大清水建設の下請けで現場に入り、仕事の依頼が引っ切り無しにあるが人不足で全て断っていると言う。寮も大清水建設の所有物件だそうだ。
電話を切った味玉は思った。
(こりゃもう採用決定じゃないか…あのアホが何かとんでもないことをしない限り…しかし、三浦がウチに泊まれるのは今日までだ。土曜日の夜から入寮可能ってことは明日の寝床がないな…どうしよう…)
味玉は、三浦の居候を1日だけ延長させて欲しいと元嫁にお願いしてみることにした。
2月一杯という約束を違えることになるが、ケツが決まっているし、1日くらい大目に見てくれるだろう。
そうして元嫁の許しを得た味玉は、夕食の買い出しのため、御用達のAEONへ向かった。
その夜
「な、なんですか?!これ!」
面接を終え、採用の報せとともに帰宅した三浦が驚きの声をあげる。
「ふっふっふ…就職祝いですよ。築地のマグロにゃ敵わないですけどね」
「いや〜すごいですねぇ〜…有難いなぁ…」
「さ、そんなとこで突っ立ってないで食べましょ」
「あ、ちょっと待ってください。酒が入る前に履歴書書かなきゃいけないんですよ」
「え?!履歴書?なんで?」
「白澤社長がね、採用は決定なんだけど社員の管理をしたいから書いてきてくれって、あと職務なんとか書ってのもいるんですって。若いのにしっかりした人なんですねぇ…社会保険も完備だから年金手帳も持ってきてくれって」
「へぇ…従業員5人の会社なのにすごいですね…あ、そうか!大清水の下請けだからその辺うるさいんだ…でもちゃんとした会社で良かったじゃないですか、働き方改革のお陰ですね!」
しかし、三浦は名前まで書いたところで『ひと仕事やり終えた!』といった顔をして、我慢しきれず箸を取った。
(ま、メシの後でもいいか…)
味玉も腹が減っていたし、めでたい日だから大目に見て乾杯した。
失敗だった。
食事が終わり、履歴書を書き始めた三浦だが相当酔っ払っていてミミズがのたくった後、干からびてアスファルトに貼り付いたような文字が並ぶ。
「ちょ、ちょっと会長!そんなんじゃダメですよ!解読不能ですって!もっと丁寧に書いてください!」
「大丈夫、大丈夫。全然オッケー!オッケー牧場ですよ〜押忍、押〜忍♬」
そう言って書く文字は、もはや文字の体裁をなしていない。
「あー!もう!ダメだっつーの!俺が書くから新しい履歴書出しやがれってんだ!」
味玉は三浦が書いていた履歴書をひったくると、クシャクシャに丸めてゴミ箱に捨てた。
「はい、じゃ、高校卒業からね。岩泉高校卒業は何年でしたっけ?」
「えーと確か昭和56年…」
そうして、味玉が三浦の履歴書を書き終える頃には三浦は完全にグロッキー。よろけるように布団に転がった。
全くしょうがない奴だな…
職務経歴書は…いいや、適当に書いておこう。
就寝。
3月1日 金曜日 合宿延長日
共に仕事を終え、帰宅した味玉と三浦の最期の晩餐である。
バタバタして最近漬けていなかった味玉を振る舞った。
「会長、いよいよ今日で最後です。明日仕事が終わったら引っ越しして月曜からは新しい職場ですよ。頑張ってくださいね」
「分かりました。色々世話になりましたね。ありがとうございます」
グラスを合わせ、長いようで短かった合宿生活を振り返る。
昔話にも花が咲いた。
「んで、明日はどうします?仕事休みなんですよね。僕は17時過ぎには戻りますけど」
「そうですね…とりあえずプラプラして、とし子ママの家に預けてある荷物取りに行って…あ、そうだ!新しい携帯を買いに行こうかな、味玉くんとも連絡とりたいし」
「あーそうですね。じゃ、携帯買ったら電話してください。そんでとし子ママのところに行って荷物持って17時ごろ帰ってきてください。そしたら一緒に引っ越ししましょう」
「分っかりました〜!押忍押〜忍♬」
肩の荷が降りた味玉と三浦の最期の晩餐は和やかに進んだ。
明日でようやく終わる。
ホッとしたが…
なんだか少しさみしい。
最終話に続く…
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