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連載アホ小説 『第4話 焦げとヤマトと満月と』

連載アホ小説

ガードマン味玉のFunnyな1日♬

 

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第1話「漢の闘い」はこちら💁‍♂️

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第2話「闘いの後には」はあちら💁‍♀️

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第3話「みっちゃんとマキさん」はどちら🙋‍♂️

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第4話 焦げとヤマトと満月と

 

犬を警護していた。

…の間違いではない。

 


今日の現場は、テナントに都市銀行の支店が入ったビルの外壁塗装工事である。

 

 

味岡玉夫(通称味玉)は、1時間ほど前まで、ビルの前の歩道で歩行者誘導をしていた。

 


組んだ足場に作業員が登り、まずは古い塗装を研磨する。足場はシートで覆われているので、削った壁面のカケラなどが落ちてきて通行人に当たることは、まずない。

 

 

しかし、足場とそれを囲うカラーコーンのせいで狭くなった歩道は、自転車やらベビーカーやらが行き違うには少々狭い。ガードマンによる交通整理が必要なのだ。

 

 


度々テレビで取り上げられる人気の商店街が近いせいか、平日にも関わらず、現場前の歩道は朝からウジャウジャ歩行者がいた。

 


雲ひとつない初夏の太陽と、途切れることのない人の群れに、ウンザリしながら歩行者を誘導していたとき…

 


「ちょっと!そこのア~タ!こっち来てくれる?」

 

 


まるで周囲を威嚇するかのように尖ったレンズのフチなしメガネをかけ、ゴッテゴテのアクセサリで全身を完全武装したマダムがいた。

 

 

鶏ガラのように痩せているそのマダムは、銀行の入り口の前で仁王立ちし、神経質そうな目で味岡を睨んでいる。

 

 

「あ、はい!すみません。ご迷惑をおかけしておりまして…銀行は通常通り営業していますので、どうぞお入りください」

 


「そんなことは見れば分かるのよ。それよりアタクシ、お金を…そうね、300万円ばかし下ろしてくるから、そのあいだ大吾郎ちゃんを見ていてくれないかしら?」

 


「は?ダイゴロウちゃん?」

 

 


気味の悪い微笑を浮かべ、マダムが投げた視線の先を見ると、へんてこりんな顔をした小型犬が、ピンクの洋服を着てプルプル震えている。

ガードパイプに、赤くてキラキラしたリードで繋がれている。

 

 

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スゲー馬鹿そうな犬だな…

 


「そう♡大吾郎ちゃん。この子は、とっても人見知りで臆病だから細心の注意を払ってボディガードにあたってくれるかしらん。それに、数々のドッグショーで優勝した優秀な先祖の血統を引く、エリート中のエリートざぁますから、この子に万が一の事があったりしたら、ただじゃおかないですわよ。じゃ、ごめんあ〜さぁせ」

 


「ちょ、ま、いやオレ、歩行者の誘導が…って、おーーーい!!」

 

 

 

…行ってしまった。

この時間だと窓口はかなり込み合うぞ…まいったな。

 


しかし、頼まれたものはしょうがない。

いい加減 歩行者誘導にもウンザリしていたところだし、通勤の自転車も少なくなってきた。

歩道は大丈夫だろう。

 

 

歩行者には自己責任で通行願うとして、ダイゴロウちゃんとやらをガードしよう。

 

 

ウマく行けばチップを弾んでもらえるかもしれないぞ…ウッシッシ!

 

 

 


そうして、かれこれ1時間

ダイゴロウちゃんの前に立哨して周囲を警戒している。

 


通行人が、チラと味岡を見て通り過ぎる。

ほとんどの人は、ガードマンなんかには興味を示さないが、時折不思議そうな顔で2度見されることもある。

 

 

転倒防止を兼ねた買い物カートの持ち手を掴んだまま立ち止まり、ジッと哀れむような面持ちで味岡を見つめるおばぁちゃんもいた。

 


…なんだかな。

 

 

自分がやっていることが、なにやらバカバカしくなりかけたその時

 

 

「なにやってんの?おっちゃん」

 

 


背後から不意にかけられた、幼い女の子の声に少々驚く。振り返ると、小学3年生くらいの女の子が立っていた。

 


「え…?何って…その…何やってんだろオレ」

 


「犬を守ってるの?」

 


「まぁ…そうだな。守ってる。このとてつもなくバカそうな犬を」

 


「あはは!確かに個性的な顔してるね。でも可愛いじゃん!」

 


「ん~~可愛いか?おっちゃんには、バカ犬にしか見えないけどね。それよりキミ、学校は?」

 


「あ!大変!」

 

 


あろうことか…

女の子が指差す味岡の足元めがけ、後ろ脚をヒョコッと持ち上げた大吾郎ちゃんが、馬鹿ヅラで放尿しているではないか!

 

 


ああっ!!すんだよ、このバカ犬がっ!!

 


「あはは~!じゃーねーおっちゃん!今日は開校記念日で休みだよ~ん♬」

 

 


踊るようにスキップしながら行ってしまった。

 

 


…そうか、だから朝からやけに人が多かったんだな。

 

 

 

少々暑いが、この近所の小学生と、その親にとっては格好のお出かけ日和だ。

 


大吾郎は、ほったらかして、向かいの公園の水道で、ジャバジャバとズボンの裾と安全靴をすすいだ。靴下には穴が空いていたので、丸めてゴミ箱に捨てた。

 


濡れた靴をグッチョグッチョ言わせながら戻ると、ようやく銀行から出てきた悪趣味マダムがバカ犬を抱えて湯気をたてている。

 


マダムは、逆ギレしようとした味岡に文句を言う間も与えず、もはや人間のものとは思えない金切り声で、解読不能な罵詈雑言をまくし立て、プリプリしながら去っていった。

 

もちろんチップなどある訳もない。

 

 


やれやれ…ヒドイ目にあったな…。

 

 


歩行者誘導に戻り、休校でテンションが上がっているのか縦横無尽に走り回る小学生を、半ばマジ切れで窘め続け、ようやくその日の仕事が終わった。

 

 

疲労困憊の足取りで家に帰ると、今日香ちゃんが庭で、ぎこちなく金属バットを振っている。

素振りのつもりだろうか。

 

 

「ただいま、今日香ちゃん。どうしたの?バットなんか振り回して。学校の窓ガラスという窓ガラスを叩き割って、逃走用の盗んだバイクで走り出す練習?」

 

 

「あーお帰り玉ちゃん。(ブンっ)全然違うよ。来月の球技大会に向けた練習試合を(ブンっ)隣のクラスとする前に(ブンっ)明日の体育の授業でバッティングの(ブンっ)練習をするから、その練習(ブンっ)してるの」

 

 

「へぇ…そりゃまた熱心なことで。今時の中学生は随分念入りに練習に練習を重ねるんだね」

 

 

「まぁね…あ、そうそう。ママが一緒に夕飯どう?って言ってたよ。ご愁傷様」

 

 

 

マジか…

マキさんがオレを夕食に誘うということはアレだ。

月に何度か訪れる「新作メニュー試食会」の日だ。

 

 

 

普段は絶品料理を作るマキさんだが、その料理への飽くなき探究心が暴走し、得も言われぬ新作料理を捻り出す。

 

 

そして、その新作創りにノメリ込みすぎるのだろう。うわの空で同時に作る他のおかずは、とにかく焦がす。

 

 

焼き物や揚げ物にとどまらず、煮物や味噌汁まで焦がすのだ。

 

 

 

ま、しょうがない。

大家さんのご意向には逆らえない。

それにマキさんがブチ切れると、抑えていた広島弁が出てメッチャ怖いからな。

 

 

 

さらに重くなった足取りで、今日香ちゃんとふたり食堂に入ると「待ってました!」とばかりにマキさんが走り寄ってきた。

 

 

「もぉ〜!遅かったじゃないの、ふたりともぉ〜!こっちは準備は万端よ。さ、さ、座って座って!」

 

 

 

テーブルにつき、ため息とも深呼吸ともとれない深い呼吸をする。

 

 

マキさんはハナ歌を歌いながらキッチンへ向かい、両手に皿を持って戻ってきた。得体の知れない不気味な物体が載っている大ぶりの皿がふたりの前に差し出される。

 

 

「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャ〜〜ン!はい!今回の新作メニューはコレ!『天然イクラオクラ納豆の小倉あん添え、わさびソースを絡めて♡』よ。さぁ、召し上がれ!」

 

 

「マキさん…確かにオレこの前、納豆好きって言ったけど…甘いものは…」

 

 

「え?玉ちゃん甘いものダメだったっけ?ま、大丈夫大丈夫。わさびソースが中和してくれて絶妙なバランスに…」

 

 

 

かぶせるように畳み掛けるマキさんに、今日香ちゃんがさらにかぶせた。

 

 

「あ!私ダイエット中だから、あんこはダメだ!それに宿題1個やり忘れてた。玉ちゃん、私の分もよろしくね!」

 

 

「うそーーーーん!」

 

 

 

味岡の反応を確認するよりも早く、今日香ちゃんは自分の部屋に走り去っていった。

 

 

果たして、ふたり分の皿が味岡の前に置かれる。

マキさんは、両手でテーブルに頬杖をつき、目をキラキラさせながら、ドッキドキのワックワク〜♬といった表情で味岡を見つめている。

 

 

「あれ?なんかおかしいな?腹の調子が…」

 

 

マキさんの表情が曇る。

 

 

「あん?なんか言った?」

 

 

「いや、そのぉ…昼メシに食った海鮮丼が良くなかったのかな…そういや、なんかヘンな匂いがしたんすよね〜」

 

 

「………」

 

 

「い、いや、食べますよ!食べますとも!でもですね…2人前は、どうかな〜〜?なんて…てへっ♡」

 

 

「玉…おめぇ男のくせに、ナニをウジウジと言ぃよんならぁ…ぶちウマイけぇ四の五の言わんで喰うてみぃや…」

 

 

「ハ…ハイッ!いただきますっ!」

 

 

 

自我崩壊を防ぐため、自己防衛本能が働いたのだろう。「ハッ」っと記憶が戻った時には、離れのちゃぶ台の前でボウっと座っていた。

 

 

ものすごく気持ち悪い上に、口の中に鉄が焦げたようなあと味が残っている。

 

 

流しで口を何度もゆすいでいると、携帯の着信を告げる、オフ・スプリングスの『Pretty Fly 』が鳴り響いた。

 

 

スマホの画面には管制の長谷部の名前が表示されている。

 

 

チッ…

 

 

「あーはい、味岡です。悪いけどサッサと要件言ってくれる?ちょっと今、アンタのアホ話に付き合ってる余裕がないんだ」

 

 

「いきなり何よ。もう〜味岡くんのイケズぅ〜」

 

 

「だからさ…なんなんだよ」

 

 

「アラ?マジなのね。あのさ味岡くん、キミ2級受けてみない?てか是非受けてくんない?」

 

 

「え?2級って交通誘導警備2級ですか?そりゃ、受けていいなら受けますけど…オレまだ会社入って2ヶ月ですよ。ホントにいいんですか?」

 

 

「いや〜、各警備会社に振り分けられた特別講習の受講者枠は限られてるからさ…今までは、ある程度実績を残したベテランに受験してもらってたんだけどね。なにしろ、いい歳のジイさんばかりだからさ…去年はウチの支店から6人受けて、全員不合格だったんだよ。本社からネチネチ言われて参ってるんだよ。味岡くんなら合格できるっしょ?」

 

 

「そらまぁ、国家試験とは言え合格率6割近くあるんでしょ?だったら、むしろ、どうやったら落ちるのかが分からない感じですけどね」

 

 

「んじゃ決まりね!詳しいことは追って連絡するから。もちろん予備講習も本試験も費用は全部会社で出すから!よろしくねー!」

 

 

 

ガチャッ…ツー…ツー…

 

 

 

おお!

ついにオレも2級検定を受験する時が来たか!

 

 

合格すれば資格手当も出るし、これで懸案だったヤマトのエサ代もなんとかなるな!

今日は散々な1日だったけど、やっぱマジメにやってりゃいいことあるンだなぁ…

 

 

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記憶が無いながらも貰ってきたのであろう焦げに焦げたサバのみりん干しには目もくれず縁側で丸まってるヤマトを横目に、味岡は流しの上の開き戸からウィスキのボトルを引っ張り出した。

 

 

 

口直し兼 前祝いだ♬

 

 

とんでもなく過酷な予備講習と本試験が待つとも知らない味岡は、ひとり気分を良くし、ロックグラスにドボドボとスコッチウィスキを注ぐ。

 

 

冷凍庫がないため氷もない。

ストレートであおる。

 

 

ふと窓の外を見ると、見事な満月が浮かんでいた。

いつのまにか部屋を抜け出したヤマトが満月に映える。

 

 

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鋭い紫外線に熱せられたアスファルトや、むき出しの土くれは、とうに放射冷却を済ませた。

 

 

代わって闇に浮かぶ満月が、空気をひんやりと冷やし始めている。

 

 

 

その冷たい夜風の心地良さに

マキさんと同じハナ歌を歌いながら

せんべい布団を広げ

 

 

「ゴロリ」

 

 

と横になった。

 

 

 

2分と経たず

ハナ歌は寝息に変わった。

 

 

 

 

第5話「あゝ愛しの権田原」に続く

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