連載アホ小説
ガードマン味玉のFunnyな1日♬
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第6話 『無差別級負傷者搬送』
味岡玉夫(通称味玉)は、軽く酔いが残る頭を振りながら指定された朝食会場に入った。
大して広くない食堂、ギュウギュウに詰め込まれたテーブルの上に並んでいた朝食は、薄造り…とまでは言わないが、呆れるほどの薄さの小さな鮭の切れ端、温泉たまご、梅干し、味付け海苔という、これでもか!というくらい原価を削り落としたものだった。
7割がたの席が埋まり、大豆生田、権田原と合わせ 3人揃って座れる席は見当たらない。それぞれ空いている席に座った。
女子中学生じゃあるまいし…と、味岡は特にどうとも思わなかったが、大豆生田は、同席できないことを大袈裟に残念がっていた。
権田原は、はじめこそ朝食の貧相さに顔をしかめていたが、メシが食えること自体で満足なのだろう。嬉々として箸を持つ様子が味岡の視界に入った。
味岡は、3分ほどで朝食をかっこみ、食器返却コーナーの小窓にトレーを突っ込むと、のんびり食べている大豆生田と、お茶をすすってシーシーいってる権田原を置いて講義会場へ向かった。
事前に試験勉強をほとんどしていない味岡は、講義を集中して聴くことのみで合格するつもりだ。ふたりと離れた席に着いて講義に集中したかったし、出来れば一番前の席を確保したかった。
開始時間の8時キッカリになると、ドアがガラリと開いて教官たちがゾロゾロと教室に入ってきた。
前方に並べらた椅子に腰掛け、受講生と向き合う。
最後尾につけていた教官のひとりは席に座らず、そのまま中央の教壇に立った。
「みなさん、おはようございます!」
「おはようございます」
「…お前ら、一体ここに何しに来た…あぁん?検定受かりに来たんじゃないのか?なんだ、その間が抜けた挨拶は!もう一回行くぞ!おはようございます!!」
「おはようございます!!」
「声が小さい!!おはようございます!!!」
「おはようございます!!!」
「声を合わせろっ!!!おはようございます!!!!」
「おはようございます!!!!」
「もう1回!!!!おはようございます!!!!!」
「おはようございます!!!!!」
「よし、いいだろう。それでは、開校式を始める。まずは理事長のお言葉…全員起立っ!気をつけぇー!敬礼っ!休めっ!」
(うへぇ…マジか?コレが2日間続くのか…参ったな。しかもプログラムによると、休憩はほとんどないし…メシの時間も30分しかねぇじゃんか!んで…講義が7時限、そのあと実技が3時限、終わるのは夜の7時半で、そのあとは体育館で自主練してもいいだって?…すげぇな)
そうして始まった講義は、まるで拷問だった。
とにかく眠い。
この教官連中は天才だな。
こんなとこでガードマンに講義してねぇで、不眠症で悩んでいる人たちのところに行って眠らせてあげればいいんだ。
何しろ経費は交通費と人件費だけ、ボロ儲けじゃん…
しかし、必死に拷問に耐えていると、文字通りひとつだけ目の覚めるような場面があった。それは、警備業法の講義がひと区切りしてテキストのページをめくり、道路交通法の章を開い時だった。
担当の教官が入れ替わり、ドSのAV女優のような女教官が演台に上がると、持っていた教鞭を高々と振り上げ、勢いよく演台に叩きつけた。
ピシッ!!
という乾いた音に驚いて顔をあげる受講生。
女教官は冷たい視線で教室を見渡すと、おもむろに口を開いた。
「…起きろボンクラども。最初に1番重要なことを言っておく…まぁ試験には絶対出ないけどね。1度しか言わないから身体中の穴という穴をカッポジってよく聞いとけ」
(なんだ?試験に出ないのに1番重要なことって…)
妖しげな緊張感が走る中、女教官は背筋をピンと伸ばした姿勢で真っ直ぐ前を見つめたまま、よく通る澄んだ声で言放った。
「道路交通法第14条第4項…児童又は幼児が小学校、幼稚園、幼保連携型認定こども園その他の教育又は保育のための施設に通うため道路を通行している場合において、誘導、合図その他適当な措置をとることが必要と認められる場所については、警察官等その他その場所に居合わせた者は、これらの措置をとることにより、児童又は幼児が安全に道路を通行することができるように努めなければならない」
女教官は再び教室をぐるりと見回し、言葉を続けた。
「分かった?…あんた達は居合わせるでしょう?その場所に。そうしたらこの条文を思い出しなさい。そして守るのよ、児童と幼児をね。何しろ法律で定められているんだから、命がけで、身体を張って守りなさい。分かったわね!」
「はいっ!!」
「声が小さいっ!もう1度!分かったわね!!」
「ハイッ!!!」
「よろしい。では講義を終了する。3分休憩。全員起立っ!」
喫煙所でエコーを咥え思った。
うーむ…
なかなか いいオンナだな、あの教官。
あの人だったら服従してもいいな…そして命令されたい♡
『守りなさいっ!私をっ!』
なんつって、ウッシッシ…
などとアホな妄想をしていると、アッという間に3分終了。
お次は実技実習だ。
慌てて体育館に走る。
「それでは、これより実技実習を行う。実習の1限目は『負傷者の搬送要領』まずは、背の順に整列…と…おい、ゼッケン8番、前に出ろ…グズグズするな!よし、そこに立て」
ひときわ背の高い8番が教官の指差す場所に立つ。
「背の高い順に整列、8番基準、6列縦隊にぃ〜〜集まれっ!!」
「オウッ!!」
味岡も周りのガードマンの身長を確認しながら『ここら辺かな?』と思う場所に走った。
「よし、まずは模範演技、一度しかやらんからよく見ていろよ…負傷者は右足を捻挫、骨折の可能性あり、警備員役は肩を貸して負傷者を安全な場所まで速やかに移動、それでは始めっ!」
合図と共に別の教官ふたりが、警備員役と負傷者役を演じた。
負傷している方と反対の腕…この場合左腕を肩に担ぎ、手首をガッチリ握る。負傷者には左足を地面についてもらい片足立ち、右腰骨で相手を引っ掛けるようにして持ち上げ、負傷してる右足が地面につかないよう一歩づつ進む。大して難しそうでもない。
楽勝だな。
「それではこれより、警備員役、負傷者役に分かれてパートナーを組む。奇数列の者は回れ右、偶数列の者はそのまま待機、向かい合った者同士がパートナーだ。分かったな。では、奇数列のみ、まわれ〜〜〜右っ!!」
ギョッとした。
くるりと回れ右した味岡の前に立っていたのは、制服のボタンとゼッケンの紐がはち切れそうな巨体に、馬鹿でかい瓜みいたいな頭をのっけた若者だった。
粘っこい脂汗をダラダラ流した顔は気弱そうで、気味の悪い薄笑いを浮かべている。
「エヘヘ…よろしくお願いします」
「ああ…オレ味岡、よろしくね…って、そうじゃないだろう!君いったい体重何キロあんの?」
「ハイ!138kgです♡」
「は?なにそれ?そんなの運べるわけないじゃん!…それに、なんでそんな嬉しそうな顔で答えるんだよ」
「あ、すみません…ママがいつも『ふとしちゃんは身体がおっきくてカッコいいね♡沢山ご飯食べてエライね♡』って褒めてくれるんで…あ!ボクの名前ふとしって言うんです!未熟児で生まれたボクに太く逞しく成長して欲しいってママがつけてくれたんです。いいでしょ、エヘヘ♡」
「知らんしっ!とにかく俺はそんなデカイ身体を担いで運べないよ。悪いけど誰かとパートナー代わってくんない?」
「え?…でも、そしたらボクパートナーいなくなっちゃうし…」
涙ぐんでいる。
「いやいやいや…そう言われても…」
「オイっ!そこっ!なにをゴチャゴチャやっている!私語厳禁だぞっ!」
「ハ、ハイッ!すみません!…しかし教官、この体重差は正直キツイっす!自分腰いわしちゃいます!」
教官がツカツカやってきて、味岡とふとしちゃんをしげしげと交互に眺め、やがて言った。
「問題ない、やれ」
「マジすかポリス!そんな…」
「つべこべ言うなっ!お前なら出来る!それでは開始っ!!」
マ…マジか…
しかしこうなったらやるしかない。
根性見せる時だ。
アムロいきまーーーーーーーーーす!!
「フンガッ!…オワっ?!」
太ちゃんの左手首をガッチリ握って引っ張るように肩に担ごうとしたが、汗でヌルヌルしているため『スッポン』と抜けた。
「…ふとしちゃん、オマエ何を食ったら こんな高品質のローションみたいな汗を分泌できんの?持ちにくいし、メチャメチャ気持ち悪から汗拭いてくんない?」
「ご、ごめんなさい。今すぐ拭きます!……ハイ!どうですか?」
しかし、拭いても拭いても分泌される ふとし液は味岡のグリップを拒む。
仕方なく味岡は、自分の肩にかかっている警笛の紐をほどき、ふとしちゃんの左手首にグルグルと巻き、余った紐の部分で自分の手のひらも巻き、しっかりと握った。
これで大丈夫だろう。
「んじゃ行くぞ!(スゥーーーーっ!と息を吸い)かぁちゃんのためならエーンヤコーラッ!!」
「痛い!痛い!痛い!痛い!」
「我慢しろ!ふとしちゃん、ママが見てるぞ!」
「痛い!痛い!手首が痛いよぅママ~~!」
ふとし液に混じり、目から鼻からふとし汁が溢れて味岡の首筋にトロリと垂れる…が、気にしてられない。
「もう少しだ!…あと1歩…オリャっ!」
ぐ・き ・♡
「❗️❗️❓❗️」
「エ~ン、エ~ン!ママ~ボクやりきったよ~~!頑張ったよ~~!」
「ば、馬鹿野郎…頑張ったのは俺のほうだ…アツツツツツ!」
「どうしたの?味岡さん」
「こ…腰が…」
「大変だ!きょうかーん!きょうかーん!」
見回りながら、他のガードマン達の負傷者搬送にダメ出しをていた教官が、床に這いつくばり悶え苦しむ味岡と、心配そうに覗き込むふとしちゃんの元に歩み寄ってきた。
「どうした?」
「大変なんです!味岡さんが腰を痛めちゃいまして!教官、次ボクの番なんですけど、右足じゃなくて腰を負傷した人の搬送方法を教えてください!」
殺意…
だが、痛くて声が出ない…
「そうか…試験には出ないが応用編ということで特別に教えてやろう。まずはこうして負傷者の足を持ち上げてだな…」
「ギャーーーーーーー!!!」
そうして、無事?にその日の実習は終わった。
幸い味岡の腰は大したことはなく、氷で冷やして少し休んだら回復した。
長らく彼女もいない味岡は、しばらく腰を使っていない。にも関わらず、この脅威の回復力は、やはり若い頃の精進が実を結んだ結果なのだろう。
医務室に寄り、湿布をもらって客室に戻ると権田原が待ちかねた、といった顔で味岡を迎えた。
「カレー味のウ◯コと、ウ◯コ味のウ◯コだったらどっち食う?味岡くんオイチョカブでもやんない?」
「いや、勘弁してください権田原さん、自分もう寝ます…それに、どっちも、ほぼウ◯コじゃねぇか…」
つまらなそうに口をへの字にした権田原を尻目に2段ベッドのハシゴを登った。
ゴン…
ベッドとの隙間が狭いため派手に天井に頭をぶつけるが、気にもとめず、そのまま横に転がるように硬い布団に横たわった。
明日は雨だそうだ。
月は雲に隠れ
街灯もなく
炭で塗りつぶしたような闇が
合宿所とそれを囲んだ森を怪しく包んだ
明日はいよいよ終了考査
合格のポイントは…
ふとしちゃんの動きだな。
彼をパートナーにしたら負傷者搬送は0点必至だ。
どうやったら、ふとしちゃんとパートナーを組むことを回避できるか…
作戦を練るも妙案が浮かばぬまま
味岡は深い眠りに落ちていった。
第7話 『浅草駅前留学』に続く…